易経を読むブログ

易の 辞・変・象・占 について記しています。読書、日記、時事も。無断転載禁止。

縁はあるか

以下のブログ記事を読んで、
確かに易も 「縁」 を重要視しているな・・
そう思った次第です。

占い師という仕事は縁を大切にします。
出会うも縁、出会えぬも縁。
好くも縁、嫌うも縁。
育てるも縁、枯らすも縁。
この世は総て縁次第。
占いはある意味「唯縁論」といってもいいのかもしれません。
占い師が縁を語らないで誰が縁を語るというのでしょうか? 
(「大石眞行の玄学ライフ」 より)

たまたま、本日、
復六五の結婚運を見ていて、
結婚も復縁もムツカシそうだな、
なぜなら結婚相手と縁がないから・・
そう思っていたところでした。

復六五は、
積極的に進出するには不可ですが、
それは唯一の陽爻である、
初との縁がないからです。

(ま、縁があってもこの一陽は微弱ですが)
(あと群陰に紛れてもいますね)

象伝に云うように、
すべて一人で、自分で考えて、
自分でなしてゆかねばならない。

異性との縁が出ない、
支援者や援助者がいない・・ということで、
余程の人でなければ、
人生を組み立ててゆけないのです。

易は時を重んじますが、
それと同時に、
才徳。
自分を引き立ててくれる目上の人。
自分を補佐してくれる目下の人。
がなければ、
積極進出できるとは、
けっして見ないのです。

たしか、
乾九二、九五には、
「利見大人」 なんて辞が、
あったと思いますが。

人は、
君主の地位に至ったとしても、
まだ人との縁が必要なのです。

(これ、帝王学?)