山火賁の初九につき、
程伝はこう註しています。
初、比二而応四、
応四正也、与二非正也。
初は二に比し四に応ず。
遠く四に歩いてゆくのは正しい。
二という馬車に乗るのは楽だけれど、正しくない。
なぜ二と与することは正しくないのか。
なぜ易では、
比爻より応爻のほうが正しいとみるのか。
この賁卦初九に関して、
本田濟氏はこう云っています。
もしも四が陽であれば、初と反発し合ってくっつかない。その場合には、陰である二と初がくっついても、さほど悪くはない。しかし、賁の場合は、初と四とは陽と陰とで引き合う、いわゆる 「正応」 という関係にある。言わば、前世から赤い糸でつながれたような、あるいは、親の代からのいいなづけのような、強く結ばれた関係である。それを捨てて、ほかの相手にくっつくのは、四に対して義理を欠くことになる。
たしか、
屯の二爻にも、
この応比のもつれはありました。
一般に易では、
(とくに占においては)
比爻の関係をあまりよく見ません。
易というシステムにおいては、
上卦(乾)と下卦(坤)との一致協力、
という関係を重んじているからでしょうか。
これが比爻の関係だと、
満員電車で魅力的な女性の尻を触るような、
そうした情動に流されるようなトラブルになりやすい。
「中庸」 で、
喜怒哀楽の未だ発せざる、これを中と謂う。
と中を定義していますが、
比爻だとこの喜怒哀楽を発してしまい、
易で重んじている 「中」 を乱してしまう。
・・と、そういうことなのか。
応比について、私見を交えて、
妄想を少し述べてみました。