易経を読むブログ

易の 辞・変・象・占 について記しています。読書、日記、時事も。無断転載禁止。

蹇蹇匪躬

王臣蹇蹇。匪躬之故。
── 水山蹇、六二 

六二は九五の臣下である。
故に王臣という。

蹇蹇は、
互坎、上坎で難儀の続く象。

匪躬之故は、
私を忘れて、公に奉ずること。

匪躬(ヒキュウ)は、
艮体で「その身を獲ざる」の象。
(艮為山彖辞参照)

× × × × 

手持ちの易書には、こうあります。

  • よく引かるゝ名句で、壮烈なるものだ。
  • 臣下が君のために苦心することを「蹇蹇匪躬」という。
  • 後世、忠臣の努力を「匪躬」と表現するのは、この句による。
  • 後世の文章に「蹇蹇匪躬之誠」という類の言葉がしばしば用いられておるのは、ここから出たのである。
  • 独り六二は五に応ずる有り、君臣の義深し。
  • この六二と九五とだけは「往ケバ蹇ミ」といふことを言つて居りません。・・進めば難みがあるからと云つて、初六のやうに手を拱(コマネ)いて時を待つといふやうなことが許されない立場に在るわけであります。

× × × × 

道というもの、
あるいは爻位というものは、
厳しいものですね。

この六二は、
五の君主に応じて、
天下の蹇難を救う責任爻です。

なので、
自分の損得は度外視して、
鞠躬(キクキュウ)尽力して、
蹇難なる時局を救済するのです。

たとえ、
その身は亡びるとも。

なんとも、
儒教っぽいところです。