雷天大壮は難解な卦である、
と易に詳しい方は申しますが、
それは、この卦が、
震の足で乾の正しくて大きな道を
履んでいる形、ということで、
難しいのかもしれません。
儒教の道徳は、天の道・地の道を土台にして、それに則って、人の道を立てるという立て前であって、窮極のところは常に天地へ持って行くのである。易の教えは殊にそうなっておる。天地の運行の状態、天地が万物を生成化育する情態に則って、人間世界に教えを立てようとするのである。
礼は天の運行・地の形勢に則って立てられた正しい条理(すじみち)であるというのが、儒教の礼についての根本思想である。
(易経講話)
「天の運行・地の形勢」は、
乾為天・坤為地の大象の言葉を
思い出させます。
本田「易」の大壮の大象に、
克己復礼(論語)が見えますが、
先輩方、諸先生方は、
「戦争の時よくこう云っていた」
と申します。
コッキフクレイ。
私欲に勝ちて天理に復(かえ)る。
ということなのですが・・。