柳下先生の「易 占法の秘伝」について、
変な書名だなぁと思っていました。
「易占法の秘伝」でなくして、
「易、占法の秘伝」なのですから。
愚思うに、
易の「占法」の秘伝である、
ということを強調したかったのであろうと。
実に「占法」の本なのです。
ということは、
この本だけを読んでいても、
易占に通じることは出来ない。
そんな気がするのです。
愚、再び思う。笑
柳下易の究極の骨子は、
易経と筮前の審事の二つである。
「占法」も知っておく必要はあるけれども、
「易経」を読んで卦・爻・辞の理解を深め、
「筮前の審事」によって得卦を解きほぐす。
これが柳下易の要(かなめ)なのであると。
ゆえに、
「占法」の本だけをしゃぶっていても、
易占に通じることは出来ない。
私見ではありますが、
愚生はそう考えています。