山火賁に関して、
真勢中州氏はこう述べています。
聖人は単(タダ)に自然の文飾(カザリ)を尚(タット)べり。
また、雑卦伝曰く・・
賁ハ色(イロ)无(ナ)キナリ。
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それゆえ、
飾るという時ではあるけれども、
各爻辞においては、
白色無飾であることを尚んでいます。
この卦の六爻につき、
龔煥キョウカン氏は、
このようなことを云っています。
(かなりの意訳)
賁は飾るという卦で、華やかに飾るのである。
しかるに六爻を見るに、
初は車を捨てて徒歩。五は丘園。上は白賁。
皆質実の辞であって華やかには飾らない。
四は皤如で白く飾り、
二はヒゲを飾るで三に附き、
三のキラキラ艶やかなのは、
けばけばしいので永貞の戒めがある。
いにしえの聖人は、
華やかに飾ることを戒め、
ただ天から与えられた本(モト)を務めなさいと、
そう教えている。
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占においては、
賁るとは 「求める」 ことである、
と考えるといいかもしれません。
すなわち、
求めてはいけないと・・。