俺は、易占を学ぶためには、加藤大岳氏の
『易学大講座』をおすすめするものだが、
「易学大講座は書き換える必要あり」
ということで、かつて、大岳氏ではない某氏に
白羽の矢が立ったことがあるという。
某氏は長く考慮した末、
「いや、今のままの形でよい」
と思ったそうで、『新・易学大講座』出版の話は
立ち消えになったのだという。
まあ、そういうことらしいです。
よかったのか、わるかったのか。
『易学大講座』には
わかりにくいところが確かにある。
大岳氏が講義ノートを作るに際して、
先生自身まだこなれた占考とは
なっておらない箇所があることはある。
そういう場合、たとえば、
『周易釈故』とか『高島易断』とかを読むと、
ああそうだったのか、と謎が解けることがある。
そうやって大岳氏の思考過程を辿りなおしてみる
必要があったりするのだ。
ただ『易学大講座』が不備なために、いろいろ
易書を漁ることはよい勉強になるともいえる。
さて、『新・易学大講座』は出版されなくて
よかったのか、わるかったのか。
まあ、よかったのかもしれない。