筮法に用いる道具につき、
筮竹以外を認めない人もいます。
しかし ブログ 主は、
八面賽であっても六面賽であっても、
カードであっても ページ 数であっても、
誠意さえあれば道具にこだわりはありません。
「二簋もって享るべし」
これは損卦卦辞の言葉ですが、
損の時にあっては、
孚さえあれば略式の祭であっても、
神は承けてくださいます、
と云っています。
たとえ本格的な筮竹でなくても、
誠意さえ本物であるならば、
質素な道具、サイコロ であっても、
易経は許容してくださる、
そう思うから。
立派な易者で、
風格のある人物ならば、
豪華な筮竹がふさわしいでしょうが、
オレ のごとき凡夫においては、
サイコロ であっても問題なかろうかと。
それより大事なのは、
「精神」であると考えています。