物語とは無関係なエピソードを、
このようにさらりと挿入してあるのも、
スタンダール小説の魅力です。
以下は、
サン・ペトロニオ聖堂における、
ある場面。
× × × ×
引用:
そこを出るまえ、大きな聖母像の前に
すわっている老婆に近づいた。そのそばに
鉄の基台の上に同じ金属の三角形が垂直におかれ、
その縁にたくさんの小釘が立っていて、
それは信者たちがチマブエ作の有名な聖母像にささげる
小蝋燭を立てるためのものだ。
ファブリスが近づいたとき七本の蠟燭がともっていた。
彼はこのありさまをのちにゆっくり考えるつもりで、
はっきり記憶にとどめた。
「お蝋燭はいくらだ?」と老婆に聞く。
「一本二パヨで」
じっさいそれは羽ペンの軸ほどの太さで
長さも一尺に足りなかった。
「あの三角台の上にあと何本立てられる?」
「六十三本。七本あがっておりますから」
(そう、六十三と七とで七十になる。
これもおぼえておくことだ)
と、ファブリスは思った。彼は蝋燭代をはらって、
自分で最初の七本を立て火をともし、
おそなえの祈禱のためにひざまずいた。
それから立ち上がって老婆にいった。
「ごりやく があったんだ」
:引用終り