火地晋の二爻には、
このような辞があります。
受茲介福于其王母。
茲(こ)の介(おお)いなる福を其の王母に受ける。
大雑把に云えば、
「二は五の福(さいわい)を受ける」
ということなんですけど。
朱子の本義では、
こう云っています。
王母指六五。
蓋享先妣之吉占。王母は六五を指す。
けだし、
先妣(せんぴ・亡母)を
享(まつ)るの吉占。
ということですので、
晋の二爻を得た時には、
亡くなった母(or 祖母)を祀るとよい。
二爻のまごころが感通して、
五爻から福を受けることになる、
というのです。
中に居り正を守り、位に素して行なう、
鬼神もそれこれに福(さいはひ)せん。
(楊時)
それには、
中正の徳を守ることと、
中という位を出ないことの、
二つが要件になります。
「位に素して行なう」は、
『中庸』に出て来る言葉ですね。
× × × ×
昔、信心深い某先生から、
こんなふうに教えて頂きました。
「ここは先祖のお祀りをして、
福を与えてもらえるか否かの爻です。
先祖というのは、生きている人の
徳でもよいです」
今この爻を勉強して、
先生の言葉を振り返ってみるに、
大変な先生だったのだと・・