高島呑象翁は、
天命の意義について、
このように記しています。
天之命、又天命の字、
无妄の彖伝に出づ、
天の命は、則ち天の道、
其主宰を以てすれば、
則ち道と曰ひ、
其流行を以てすれば、
則ち命(めい)と曰ふ、
人の心誠なるときは、
天道に協(かな)ひ、
何の妄なることあらん、
若し正しきことなければ、
天命に咈(たが)ふて
祐(たす)けられざるを謂ふ、
(高島・柳田「易学字典」)
- 誠ならば→天道にかなう。妄りに動かない。
- 不正なら→天命にたがう。天の祐けがない。
・・と、
云っています。
そして、
易は天の道を説いた書物です。
易を学ぶとは、
誠を学ぶこと。
正を学ぶこと。
・・であると。
つまり、
不遜であり、
傲慢であり、
虚言癖のある人は、
易とは無縁ということです。