无妄の初と上には、
似たような辞がかかっています。
初九、无妄。往吉。
上九、无妄。行有眚。・・
初は、无妄で、往きて吉。
上は、无妄で、行けば眚有り。
違うのは、
片や 「吉」 で、
片や 「眚あり」 です。
これは、
胡炳文が云ってたように、
初は、時がまさにやって来た。
上は、時がすでに去ってしまった。
・・からなのです。
易は 「時中」 を説きますから、
時の窮まっている上爻において、
進むことは時に中らないことになる。
すなわち、
わざわいを自ら招いてしまうのです。
(象伝にいう 「窮之災」 です)
このように、
无妄上九は時の窮まりですが、
これに続く(反卦である)大畜卦は、
大畜時也。(大畜ハ時ナリ)
と雑卦伝にあるように、
またまた時をいう卦なのです。
つまり、易は、
无妄と大畜とを 1セットにして、
時について言及しているのです。
おもしろいですね。
乾=天のめぐり
・・だからでしょうか。