山風蠱の初爻は、
幹父之蠱。有子考无咎。厲終吉。
というように、他人の尻拭いをする時で、
運勢は停滞しており、鹿島秀峰氏は、
「新規な願いや大事はその時機でなく退守せよ」
と占考しておられます。
それなのに、受験占においては、
「入学試験に限り、やさしい学校なら
合格することがあります」
と、こんな占を考える人もあるのです。
実際にこのように占うかどうかは、
それは何とも言えませんが、
この占師はどのように考えてこうした占をしたのか、
それを推理してみることは易占力を養ううえで、
とてもよい訓練になると思います。
というわけで、考えてみるのですが、
どうもスッキリした根拠が見つかりません。
現在のところ、思いついたことは・・
☶
☴
- 艮門の内に巽の入る象で、学校に入学する。それ故 「入学試験に限り」。
- 二爻、三爻の蠱敗は深いが、初爻はまだ敗れが浅い。
- 「やさしい学校」 なら試験のミスもカバーでき、それが致命傷とはならないのではないか。
- 子は幹たり、と爻辞を読めば、しっかりした子。
- 巽の主爻で要領よく入る意が強い。
- 伏卦の大畜は 「大学の象(小林三剛)」。
・・と、並べてみましたが、
どうもスッキリしません。
あるいは、それゆえに、
この占を考えた先生も、
「合格することがあります」
と、語気を弱めているのか。